帰郷/為平 澪
りが気になって、母さんの手が離せなかった。
子供の視線で覗き込んできたものは、蚊取り線香に巻き取られて細く長く
ジリジリと燃やされていったまま、今でも蚊帳の中を浮遊する、苦い煙。
経机に置かれたわら半紙に何も書けないうちに出て行った、ぼくの、夢。
墨汁をこぼした失敗談だけが、まだ飾られているような、部屋。
泣いてしまえるほどの脆い足場の中に、目の前を通過するいくつもの急行
や快速電車に急かされながら乗り継いできたはずなのに、生い立ちの在処
は、どんどん遠く、そして、鮮やかになるばかり。}
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