感傷――観賞のための/ただのみきや
 
窓ガラスを伝う雨
樹木は滲み油絵のよう
秘密を漏らすまいと
ずぶ濡れで走り続けた
若き日のあなた
尖った顎
靴の中の砂粒を取る間も惜しみ
聞えない声を聴くために
人々から遠ざかり
たった今泥から生まれたような
冷たい手足を
祈るためでもなく折りたたむ
砕石の上
疎らな雑草に囲われて
沈黙に添う蟋蟀
月の釣り針も
どこにも見つからない
膝の上の夕暮れだった
待ち合わせたように
運命の必然のように
悲しみと地続きの夢の中から
あの人が現れる
潰れるほど閉じた目で
迫る列車の音をこらえていた
取り戻せない
どこにもなかった過去が
ずぶ濡れのままふるえている
窓ガラスを伝う雨
ナナカマドから銀の雫



          《感傷――観賞のための:2019年9月23日》








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