車窓 ( SS)/山人
 
ともな本を読んでいなかったことに気づく。その本は特に差し迫られて読むべき本でもなかったのだが、ただ、読んでおきたい内容でもあった。割と苦手な歴史物だ。きちんと椅子に腰掛けてテーブルを前に読んでいるわけでもなく、ルーズに解放された格好で読んでいる。
幕末の武士が志を持ち、世を立て直そうとする物語であり、主人公の律儀な頑なさが滑稽に写るものの、読ませる本ではある。
 遠く吉原の方角に火の粉が上がる頃、佐吉は・・・
目が疲れてきて老眼鏡をかけたまま仰向けに寝転がる。眼鏡を外し、目を閉じる。
 
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 ふと、私はまた、電車に揺られていた。先ほど老婆がくれた缶コーヒーのプルトップを開けたのだった
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