夏の終わり/帆場蔵人
春、の終わりにとらなかった電話の着信音が夏の終わりに鳴り響いている。とても静かな夜、足音も誰かの寝息もブレーキを踏む悲鳴もふいに止んで着信音が何処かで鳴っている。トイレに座って狭い場所で口から漏れるのはぼくだけの声。ハンドソープの泡が消えていく。ベランダは緩く湿気た空気に満たされてうみのなかみたいで言葉は泡になるから黙っていよう。
人魚姫は言葉でした。
うみのなかでは言葉はいらないから言葉を知ってしまった彼女は陸で生きなければならなくなり、言葉になり、秘密が秘密でなくなったとき、彼女は泡になってうみでもりくでもないところへゆきました。だれもだれもしらないところへ。ひとひらの雪の子だけが
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