奇術師の夜/やまうちあつし
さて
明日は何を出そうかと
深夜の四角い部屋の中
奇術師は思案した
天井からはオレンジ色の電灯が
ぶらり、ぶら下がっている
旗を引っ張り出そうか
鳩を飛び立たせようか
刃を飲み込んでみせようか
客の身体を分断してみせようか
何にせよ
種も仕掛けもないことは
不思議なことだ
私は嘘をついてはいない
この世には本当に
種も仕掛けもない
誰かが現れること
何かを思い出すこと
明日がやって来ること
そしてあなたが笑うこと
何の理由も仕組みも
知らされないまま
それらが起こるということに
奇術師はふと
深く感心をする
そしてこの世があることに
種も仕掛けも
ないということは
ある時突然
それが反転しても
誰にも文句は言えないということだ
ある日
何者かが
電源を切る
アパートの横に
ふらり、現れた巨大な者が
窓からそっと
木の枝のような指を差し入れて
部屋の明かりのスイッチを
断りもなく切ってしまうように
(パチリ、)
(暗転。)
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