杉谷家にて/コタロー
 
れた。
 彼女は話をしているあいだ、あたしを見て時々微笑した。詩織の想像していた以上の優しさがあた
しをほっとさせ、そして、彼女が素晴らしく溌剌として深窓の令嬢でありながら渙発な輝きを持ち、
その美しさが親しみを増してくるたびにあたしはこの館にいるのだという現実感が浮き上がり、それ
をしっかりと保とうとした。彼女の眼は眩しかった。あたしが思わず顔を俯けると、「どうしたの、
わたしの眼を見ないとだめよ、恥ずかしがらないで、ねえ、わたしってとても変わっているのよ」。
詩織は薬指であたしの頬を跳ね刺すしぐさをした。「そしてね、女の子というものは、幼い時、この
春を生きているうちは背中に小さな羽みたいなものがあるだけなのよ、そうしてね、夏がきて恋をす
るとそれが鳥の翼になるのだわ。そうね、わたしはなぜだかわからないけれど、あなたが好きになっ
てしまったの、だからね、恋はあなたとしかしないつもりよ」。彼女は背中をそらして胸を波打たせ
ながら鼻と唇を手で押さえて笑った。あたしは意味がわからないまま彼女を見つめかえし、しかしな
ぜか不思議な愛情を感じたのである。
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