再び巻き始めた釣意/北村 守通
リングこそいないものの、決して引けを取らない美しい鱒たちが泳ぎ回っている筈なのだった。けれどもまだ解禁したての今は早すぎた。5月の末、その位には素晴らしいコンディションが整っている筈だった。その時期が私も好きだった。
去年もそうだった。夕まずめ、どこからともなく現れ私の毛鉤をためらうことなく吸い込んだ立派なマス。彼の鼻先は雄々しくしゃくれていた。魂を真っ白にして、無我夢中で寄せて。いざ取り込む、という段に迷いが生じた。彼は見逃さなかった。瞬間、竿はだらしなく真っすぐになった。すれ違いざまに目が合った。3日間寝込んだ。会社も休んだ。これまでの半世紀で味わったことのない悲しみにのたうち回った。どのような女との別れもこれほどの喪失感と絶望感を与えたことはなかった。
ソーヤー爺さんならどうしたろう?祖父というものを知らない私には、彼こそが祖父であり導きだった。私は彼の書を手に取った。けれども彼は答えてくれなかった。溜息を三度ついた。そしてフォーレのリクイエムをかけて、乾燥したトウモロコシを頬張るとウィスキーで流し込んだ。
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