殺しの断章24/ああああ
 
、彼女はピアノスツールに腰掛けたまま踊りながら「メロディーは匂わせるだけでいいんだ。声に出す必要はない」と言った。
何度も何度もリテイクを重ねて、疲れ果てたぼくを眺めて彼女はなぜか満足そうに笑うと窓の外の砂漠の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
零コンマ一秒の狂いもない歯車のように正確な演奏を彼女が唐突にはじめたので、ほとんど棒読みに近い詠唱をばかみたいに急いで追いつかせた。
疲れた。
このときの録音を皮切りにぼくは歌手になったらしい。
自分が歌手になるなんて想像もしていなかった。
人前にたつのがなにより苦手だった。
最後に人前で顔をみせたのは小学校の卒業式のときで式ではバンダナで顔を隠すのが禁じられたからだ。
ぼくは結合双生児としても失敗した体で生まれた。
右の頭に人格はなく、ウィンクができないみたいに左の頭だけでしゃべることができない。
常にユニゾンで声を出す。
蛙の鳴き声みたいに醜く共鳴する。
「死んだはずのあなたの魂はどこに行ったの」とぼくが恐る恐る尋ねると彼女は「ここ、ここ」と答え、息を止めてキスをするとき、右の頭がうめいた。
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