旧作アーカイブ4(二〇一六年三月)/石村
 
はどこまでも高かつた

それは
ずつとずつと昔のはなし
まだここに 私たちのほか 誰もゐなかつた頃のこと

いまは ひとの淡い命を得て
みじかい夢を生きてゐる

私たちの時は すつかり短くなつてしまつた
永遠の中の 一瞬の吐息ほどに 

昔なじみの鴎たちが
したしげに声をかけていくけれど
もう忘れちやつたなあ あなたたちの言葉

でもこの海は かはらない
あなたの ふとさみしげな横顔も
あの頃のまま

今も覚えてゐる

窓べの壊れたオルガン

古びた楽譜

部屋をみたす夕陽

鴎たちの挨拶

読みかけの本

小さなランプ

あの海辺の家

あなたはきつと 気付いてゐない

でも私は 知つてゐる
あなたとこの浜辺を歩む この瞬きほどのひと時が
あの日々から つづいてゐると

想ひは果てなく いつもそこに行く
なつかしく

あの海辺の家へ


(二〇一六年三月三十一日)





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