金曜日の夕方に/坂本瞳子
 
んふふんふんふふん

鼻歌なんてきっともう何年も唄っていない
歌が歌いたい訳じゃないんだ
大きな声で叫んでみたりしたい訳じゃないんだ
暴れだすほどの気持ちをさらけ出してみる
矛先が見つからなくて
ちょっと誤魔化してみたりしたくなるんだ

それでもやるせない気持ちは消えなくて
だからこそ周りを見回しても視点が定まらず
挙動不審なふりをしてふらついてみたり
雨に降られてみたり風に吹かれてみたり
自動ドアに挟まれてみたり
階段を駆け下りながらよろけてみたりするんだけれど

高速エレベーターの中で目と耳と毛穴と鼻の穴とを全開にして
天井を見たまま瞬きせずに息もせずに
到着した五九階でジャンプしてみたい衝動を必死に抑えて
ドアが開くなり駆け出した
薄暗い非常階段を全速力で駆け下りて

地上階には辿り着けたんだったっけ
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