赤い本、赤い町/阪井マチ
 
滅多にないものの、妙に両手両足が震える夜には積み上げた本の山がぐぐっと伸びて私に倒れ掛かるような心地がするのだ。
 そう、こんな心地が……と思い返すうちに町中が火に呑まれて真っ赤に染まった。スローモーションの火事の映像を早回しで見るとこんな風に見えるとよく知っていた。古い紙はよく燃えるからね、と針金でできた人形が声を掛けていた。火を熾す錐、火に掛かる水、火に撒かれる人体、どれをとっても世界には不十分だと思えた。誰がそう思った? 尋ねながら歩いているのは、ああ、私じゃないか。全身に火を纏った姿で、手に持っているのは自宅に届いたはずのレシピ本のようで。燃え盛る私が私を懐かしく見つめていた。町中の消火栓が破裂して小さな消防団が現れて火に呑まれて消えた。ぱりぱりと音がして駅舎の屋根が割れ、そこから一冊の本が這い出ようとしていた。私はその本の引用符になりたいと思い出し、できるだけ大きな刃物を持って駅員になり替わろうとして涙が出て止まらなかった。
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