最後の一羽/やまうちあつし
 
       ?

飼育係はその夜
食事を取らなかった
そういう気持ちに
なれなかったのだ
   
マーサの死を悼むように
ウイスキーを少しだけ舐め
床に着くことにする
  
ぽっかり
穴が
空いたようだった
   
マーサがリョコウバトの
最後の一羽だということを
四六時中気にしていた訳ではない

そのこととは別に
マーサの檻を清掃に行くことは
彼にとって何かを担保することだった

彼は考えていた
動物園での
仕事のことと
地球の上での
仕事のことを

歯を磨こうと洗面台の前に立つ
ラジオでは
リョコウバト絶滅のニュースが
頻繁に報道されている

 私も〈遠いお手紙〉に
 そのことを記そうと思います

飼育係は
歯を磨く手を
ふと止める

自分の
白く並びのよい歯

それは健全すぎて
尖りすぎている

上唇を持ち上げて
鏡に映してみたものは



どんな肉でも
噛みちぎるだろう

その健康と幸福のため
私らは歯磨き粉を絞り

朝な夕なに
一心不乱に磨いているのだ

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