橙/帆場蔵人
あゝ、わたしの枕元に
瑞々しい橙を置いたのはだれでしょう
橙の一つ分、ちょうど掌に一つ分の匂いが
わたしを空に誘います
いつかの夕陽からこぼれ落ちた
橙が
たわわになった
樹々の間をわたしは吹きぬけます
姉さんは小麦色で
兄さんは紫煙をふいていて
おっちょこちょいの叔父さんが
顰めっ面の父と将棋を指しています
母はいません
あゝ、夕陽が沈みます
ちょうど掌に一つ分の橙の匂いが
わたしのすべてみたいで
今はないものたちが
橙の匂いに誘われて
かわるがわる枕元に訪れては
歌ったり泣いたりするのです
あゝ、わたしの枕元に
瑞々しい橙を置いたのはあなたですね
でもあなたはだれなのでしょうか?
あなたもちょうど掌に一つ分の
橙の匂いをしてるのですね
戻る 編 削 Point(4)