一月一日のバッハ(再掲)/石村
 

一月一日、お正月。軒さきを小さな人がとほつた。

岬の根元にある町の上に、夏の海のやうな空がひろがつてゐる。

中学校の音楽室で、若い先生がバッハのオルガン曲をひいてゐる。
春には結婚するさうだ。角の煙草屋のはなし。

三軒となりの家の前で、七輪と網を出してお父さんが餅を焼いてゐる。
小さい姉さんが指をくはへながら、膨らむ餅を見てゐる。
もつと小さい妹は、姉さんの髪をくはへながら、お父さんの手を見てゐる。
寒いはずだのに頬が赤らんでゐないのは、何かの病気だらうか。

一月五日の朝、三軒となりの家の下の子が急に死んだといふはなしを角の煙草屋できかされる。

とおもつたすぐ後に、妹はくはへてゐた姉さんの髪を離して地べたにうずくまつた。

一月一日、お正月。軒さきをまた小さな人がとほつた。

今日はよく晴れてゐる。先生はまだバッハをひいてゐる。



(二〇一七年一月一日)







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