小夜時雨の街/帆場蔵人
 
雨が傘に足をおろすのを聴きながら提灯を手に町へでていく。雨の日には町の水路は誰もがきづかないうちに、碧い水に満たされているんだ。ゴンドラの唄が雨に濡れて艶やかに響いてきて、水路のうえにぼお、とした灯が揺れている。やがて水路を滑るように舟の舳先がみえて、蓑笠を背負った青蛙(せいあ)のじいさんが竿立てやってきた。青蛙のじいさんは雨降りの日に鳥たちの代わりに新聞や手紙を配達してまわる。彼は唄以外では声を発しないんだ。長い年月が彼から唄以外を奪ってしまったのだろうか?

しかし今日はまだ目醒めの鐘が聴こえてこない。鐘が鳴らないと朝がやって来ないから、どうやら誰も彼も息をひそめているみたいだ。


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