あの夜/たもつ
 
あの夜
たしかに家出は決行された

両親が寝静まるのを待ち
荷物は何も持たず
ズボンのポケットに
ありったけの小銭と札
そして中也の詩集をしのばせたあの夜
たしかに家出は決行された

目指したのは夜汽車
その硬いシートにもたれながら
車内に客はまばら
窓に映る自分の顔は青白く
カタコトカタコトと揺られ
寝る
眠る

結局、この未成熟な詩人気取りは
町内を歩き回り
公園のベンチの薄暗い街灯の下
折り目と手垢だらけの詩集を読んで
帰宅した

以来、夜になると時折
心は徘徊し
彷徨し
乗ることの出来なかった夜汽車に
乗り込む

結婚し
子供が産まれ
そろそろ家でも建てるかと算段し始めた今でも
それは
変わらない




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