感性ギスギス、感性ズキズキ/立見春香
 
たりするから

だから今日の詩は
感情の発露だろうから
どんな隠喩も技術も裏の意味もない
ただの
感情なんだよ

そんなことを考えてると

いまはもう、
あまり会社のことはともかく
社会のことで身につまされて
感じる不満や不足感は
薄っぺらい
テレビやネットからの
ただの受け売りなんだよねー

怒っていたときは
もっと
舌がなめらかに動いていたか?
イラ立っていたときは
もっと感性がズキズキと傷ついていたか?
いまはまるで
すでにあることを終えた
誰かのように
無気力な心のことを
穏やかな心と呼んでいないか?

ああ、できれば
わたしだってもっと若いころに
もっと感性ギスギスしていたころに
こんな風に
詩作とか
おこなっていたかったよ

そしたら
もっと感性をゆさぶれる
絶望を見据えた詩なんかも
書けたりしたかもねー?




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