約束の手形を握りしめて/こたきひろし
 
夜、娘が言った
明日は彼氏に会ってくる
父親は何も言わない 黙って聞いている
母親は
母親らしい言葉を口にした
帰りは遅くなるの
たぶん
と娘は曖昧な答えを口にした
父親は黙って聞きながら
父親らしい想像をした
でもそれはとても口にできない

あの日
それは父親がまだ父親でなかった頃
夫でさえなかった

あの日母親がまだ母親でなかった頃
妻でさえなかった

それは
彼氏と彼女
であった頃

彼氏は彼女の家に
直接、車で行った
彼女の母親は笑顔で出迎えてくれた
だけど
彼女の父親はたいへん気難しそうな人で
相変わらず
ウンでも
すん、でもな
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