山道へ/山人
 

私はきっと名もない羽虫のように
無造作に表に出ていくのだろう


       *

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あらゆる光景は
私にそう言っていた

ぬめった木道の傷んだ罅に雨が浸み込み
雨は暗鬱に降っていた
季節外れのワラビの群落が隊列をつくり
朽ちかけた鋼線のように雨に打たれている

現実という苦行の中に砂糖水を少し加えれば
さほどでもないだろう
と、山道の蛞蝓は光った
これは苦しみではないのだよ
名もないコバチの幼虫に寄生された毛虫は
季節外れの茎にへばりつき
死を免れる術を知らず、まだ生きている

私はクルクルクルと現実のねじを巻き
体を迷宮の入り口に放り出すのだ
そのあとは勝手に私という生命体が山道を歩きだす

熱は発露し、汗を生み、熱い液体が額から次々と流れ落ち
私はただの湿ったかたまりとなる
作業にとりかかれば、そこには思考の雑踏があらわれ
そのおもいに憑りつかれ、酔い、やがて敗北する

作業の終焉を祝福してくれるものは一介の霧だった
朽ちた道標がのっぺりと霧に立ち
黙って私の疲労を脱がせていた

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