失くしたらくがき帳/田中修子
、正しい決断をするひとになれるようなひとはごくわずかだった。また、そういうふうにみえる美しい庭のある家に住む子どもがまた、いたましく傷つけられていたりする。
ぼくが知るのは、おとなになるにつれて何かしらとてもたいせつなものを失っていくことがある、ということだ。失ったものの取り返しのつかなさを知って、ぼくはなんだか自分が死んでしまったような気分になるほど、あんまりおおくを失ってきてしまった。
それでも、ピンクと青の入り混じった夕暮れに染められた雲が浮いているのを見るときに、ああ、あまりにも凄絶なものを見た、と息を飲むことがいまだにある。雨だれがひとしくつややかな緑の葉をうつような、もしかしたらもう二度とすれちがわぬ友とのこころやすらぐひとときをおもえば、すべてが黄色い煉瓦の小道……
手のひらを貝のように丸くして耳をふさぐと、海の音がする。
胸のあたりが淡く靄がかって、息苦しいから心臓を引きちぎってたたきつけて、赤く破裂したのを、蝶の標本みたいにきれいに、あの子との想い出にして。
ぼくにはそうやって、こころにしまってある失われたらくがき帳が、うんとたくさんあった。
戻る 編 削 Point(6)