カスケードのなかで不用意な感情は息を潜めている/ホロウ・シカエルボク
 
イドテーブルに置き去られた古い名前が記された封書は多分開かれることはないだろう
ユトリロの肖像画がおそらく明確な意思をもって神経症的にこちらを監視している
ハルシオンが幸福な夢を見せてくれるってまだ十五歳のあの子は本気で信じていたんだ
ガンコントロールが覚束ない辺鄙な場所の方がきっと風通しは申し分なく良いはずさ
百日紅の花言葉にもたれて暗い細胞の死滅する音に耳を傾けているからまだ眠れない
ドレンチューブのなかに残された幾つかの詩篇が惨劇の原因を事細かに教えてくれるから
キャンパスノートは呪文のような記録項目の数々で黒く塗り潰されて机の隅でこと切れる
聴力検査の微細音のようなノイズが聞こえ続けているのはきっと肉体的な要因じゃなくて
洗面台はいつでもなにかを強引に拭い去ったような痕が薄っすらと残されているだけで
カードを奪い合う遊びのなかに針のように差し込まれたカオテックな欲望の粘度の高い涎
そして雨はモノトーンの映画に映る血だまりのような景色を夜のなかに残して消え失せ
泳ぎ続ける音楽だけがただ察しのいい友人のように尾びれを翻しながら時を繕うのだ

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