忘れ去るために/こたきひろし
鈴木くんは水槽の酸素装置切ったまま入れるのを忘れた。飼っていた熱帯魚が全滅した、と午前十時の休憩時間に話し出したのには驚いた。本来はけしてしてはいけないミスだから、人前では話さない方が無難なのに何の躊躇いも見せる様子もなかったからだ。
現実はもう何年も前の話だが、それはまるで釣り好きが投げた糸の先の針みたいに俺の心に未だに引っ掛かっているままだ。
鈴木くんは当時四十代半ばだったが十歳位は若く見えていた。人当たりが柔らかく饒舌だったから男女を問わずに人気があった。ちゃんと結婚していたが子どもはいなかった。そのせいか独身のような空気があって見た目も上々だった。
中途採用されて俺より遅く入ってきた
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