姿見/春日線香
 
さあ好きなやつを選んでくれ、などと
天狗が言うのは少し滑稽だが
ここは好意に甘えておこうと
なるべく安いものを選んだものの
そんなのよりこっちにしろよ、と
天狗はやけに高価なものを勧めてくる
こういう時に口答えをしてはいけない
どうせ自分が懐を痛めるわけではないのだから
何を選んだって大した違いはないのだ
いささか後ろめたい思いを抱きつつ
バンにその姿見を積み込んで
運転さえも任せきりで
また川を渡って家に帰ってきた

さてこれで何もかも整った
立派な姿見はやや不釣り合いではあるが
暮らしていくうちに日常に溶け込むだろう
天狗はいい買い物をしたと
背中をばんばん叩いてくる
いい買い物をしたのかもしれない
なんといっても天狗が選んだものだ
これは天狗の姿見だ
天下にまたとない大名品だ
にわかに嬉しくなって鏡面を覗き込むと
天狗の赤い顔が次々と浮かんでは消え
まるで夜のトマトが踊っているような
夢のように楽しい生活が始まった
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