真冬の寒気が/こたきひろし
真冬の寒気が囁いてきた
死にたくならない
単純に死にたくならない
殺してあげるよ
殺してあげるから
遠慮はいらない
真冬の寒気が凍りの息を吐きかけてくる
その鋭利な刃物に心臓を切り裂かれたくないから
防寒し身を縮めて歩く
黄昏
駅の改札を抜けてバス停まで
空は蒼く空気は乾いていた
駅前の通りに救急車のサイレンが近づいてくる
道を譲って車の流れは止んだ
再び流れだすと男の近くで一台が止まった
運転席の男を知らない
助手席の女を知っていた
女が降りてきて声かけてきた
「乗ってかない」
「悪いからいいよ」
男が運転席の方に眼をやりながら断ろうとしたら
女が側に近寄ってきて男の耳の近くで小声で言った
「私たち何でもないの、気にしなくていいよ」
男は女の体からいい匂いを嗅いだ
刺激的な香りだった
「バスが来ちゃうから早くして」
迷う間もなく女に急かされて男は車の後部座席に乗り込んだ
真冬の街は思わぬ再会を男にもたらした
欲望が否応なしに男の体から沸き上がってきた
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