なぜか今朝彼のことを/ただのみきや
 
自分が虫になったと知った時
グレゴール・ザムザは紛れもなく人だった
グレゴールの家族が彼を虫として認めた時
それは毒虫以外のなにものでもなかったが

作者は残酷な創造者であり
読者はこころ動かされても無力な存在だ
作者は登場人物たちの秘密をそっと明かす
真昼にカーテンを引いた部屋で奇妙な小箱を開けるように
秘密の共有者となって読者は彼らの恥部を覗き見る
決して彼らには悟られない場所から

グレゴール・ザムザが死んだ時
それはひとりの人の死以外なにものでもなかった
グレゴールの遺体を前にした手伝い女には
汚らしい虫の死骸でしかなかったが

彼らは役者ではない芝居をしている訳ではない
あずかり知らぬ運命の中で疑わずに生きている
理神論者の神のように作者はすでに彼方へと去った
わたしも神々の一人のように無力な傍観者として
今朝グレゴール・ザムザのことを思い出している



            《なぜか今朝彼のことを:2017年11月11日》







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