散文/哉果
 

あらゆる悲しみもあらゆる深手も傷も体温も非道い言葉も喪失ももちろん左薬指の指輪でもあなたのくれるものならなんだって嬉しい。後生大事に抱えて生きて行くから、今はもっとそれだけが欲しい。
心底理解できないといった風に細身の腕時計のバックルを引っ掻く。皮の表面が一箇所だけ擦り切れているのはそれが無意識の癖になっているからだろう。不快なのだ。
他人に微塵も興味がないくせに、他人を傷つけることだけを脅迫的に避ける彼の優しさに似た意固地は私を堪らなくさせた。生きることに辟易する彼の自己愛が、一瞬でもこちらに向けばいいと思った。
「やめてくれ」



「俺がまるで唯一無二で、尊大で、愛された、
[次のページ]
戻る   Point(1)