詩人の誕生/岡部淳太郎
 
その人は起き上がる
いまだ眠たげな目をこすりながら
一杯の朝のコーヒーを探し求める
たった一杯で
本当に目が醒めるのなら
世界は半日ごとに覚醒と睡眠を繰り返す
整理された場所になるだろう
だが 世界は目醒めない
その人は 目醒め始めている

夜の間に窓枠に降りた露
冷え切ったその体温
あるいは歌い出す鳥たち
冴え渡るその音符
その人の周囲であらゆるものごとが
輪郭をあらわにして自らを語り出し
その人はひとり
絶対のひとりで
喧騒の巷に 立ち止まる

歌が降ってくる
思い出のように
歌が降ってくる

あるいは物語のように
あるいは預言のように


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