郷愁を呑む/stereotype2085
 
僕は指先の怪我を癒して しっとりとした髪を撫でつける

 タイを締める僕の記憶に忍び込むのは母の泣き顔
 ピアノ旋律がとぎれとぎれ聞こえる
 ピアノを弾いたのは……

 メロディーはいつの間にか途絶えてしまった
 母の遺影には赤い斜線が引いてある
 僕の胸には郷愁はない


 悪友は埋葬され灰となる
 灰は散り散りになって骨壺に入れられるらしい

 葬儀のあとに立ち寄った食事処(しょくじどころ)で
 酒を頼んだ僕に 降りかかるのは悪友との想い出
 彼は誤解されやすい男だ 多分僕も見誤っている

 酒と食事を待つ僕の記憶に滑り込むのは母の寝顔
 ピアノの鍵(けん)の音が聴こえてくる
 ピアノを弾くのは母と隣り合う僕

 音色はいつの間にか流れるように響く
 母の遺影には斜線が引いてあるはずだったが
 僕は悪友の葬式の日に 母との想い出を噛みしめるように

 郷愁を呑む

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