糸巻き/DFW
わたしは女が女のように泣く横顔を何度かみた
わたしも女を何度となく泣かせて成長した
朝帰りする度にソファーで待っていた女の寝惚けた顔や
ケンカしても大きなエプロンをして夕御飯の支度をしてくれた女の背中や
針に糸を通すときの女のすばやさをわたしはいまも忘れられない
女のまえでだらしなく水羊羹を食べるわたしは
部屋に転がる糸巻きくらいにしかなれていなかった
太陽が沈むときの色の皺を目尻に刻んで
海に舞う雪みたいに青白い髪をきつく縛り
女はいそいそと庭いじりをしていた
わたしの何処かでいまもずっと詰まってる箇所を
覚束ない胸に沁みわたらせて
ためらうことなく女の生まれ変わりにでもなって
いつかはしなやかに女の面影を受け止めきってみたい
そんな妄想をしてみた夏がわたしにはあった
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