神について/グロタン
 
なり」ということではないでしょうか。読書家のかたはもっと知っていると思います。
それで結論ですが、この「無私」の声が詩の源泉ではないかと考えます。私を飛び越えた私の声、私を導く不思議な力。魂の主調低音。それに従って自分で精神の道を実際に歩く、無私の声を育ててゆく、育てながらうたう、うたいながら育てる。
 
「私は神を必要とするが、神も私を必要とする」(確かこれもエックハルトだったはず)。神の声を、無私の声を詩人の肉体を通して社会の中へ導き出す。詩人とはそんな仕事に思います。


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