忘れ物/
梓ゆい
父の匂いがした。
押入れから出てきた赤いニット帽
洗濯をしないで忘れられたまま
今はもう居ない持ち主の匂いを残していた。
「ただいま。帰ってきたよ。」
見えない姿と引き換えに現れた
匂いだけの父。
赤いニット帽を鼻先に押し付けて
胸いっぱいに息を吸い込んだまま
私は匂いを嗅ぎ続けているのだ。
「ただいま。帰ってきたよ。」
父に会えたような嬉しさで満たされながら
手を振る姿と声を思い出して。
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