毒にも薬にもなる 積み上げていくもの/水菜
 
いたらなくてへなちょこな自分も含まれているのだなあと思うと、ちょっぴり面白い気もします。

毒にも薬にもなることを知っていることは、既に無駄ではないということなのだと思います。全てのつながりのなかに意味があるのだと思います。

その意味は、無駄だと思えば、意味がないと思えば、あっという間に霧散して消えてしまう儚い思想なのかもしれませんが、儚くとも、無駄だと思ってなにかを行うよりは、意味があると思いながらなにかを積み上げていく方が私は気持ちが良いし、そういった姿勢でありたいと願います。



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