インフルエンザに罹る/ららばい
 
た。そして、ゆっくりと、しかし躊躇うことなく手を伸ばした。指先で触れてみると途端に液体になり、摘むことが困難だった。やっと私の手の平に乗ったそれは、収まりどころがなくなってもなお、ただ丸く凛としてそこにあった。私は唐突にそれを口に含んでしまいたい思いに駆られた。母の 毒 や 死 という言葉が頭にこだました。しかし、それよりも、目の前の美しく危なげなものをただ一心に口に含んでしまいたかった。
 
 両親の寝室はひっそりと静まり返っている。私は、熱の欠片が散らばった焦点の合わない頭で必死に考えた。直ちに部屋の扉を開けられ、何をしているのかと叱責されてしまわないと、いや、だったら直ちにこのまま口に含んでしまわないと。禁止とそれに勝りそうな誘惑、生と死の欲求の狭間で、幼い私は、隙間から朝日が少しずつ差し入ってくることにも気づかず、どうしようもなく途方に暮れたまま手の平のそれを眺め続けていた。



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