てんちゃんのこと/はるな
熱いだけのコーヒー。
「元気そうだね」
とりあえずわたしが話しかける、でもてんちゃんは何も言わない。
「このあいだ三上くんとかナエちゃんと飲んだよ、偶然会って、あのふたりまだ付き合ってるって」
「ふたりともげんきだった」
「こんど、忘年会するんだって」
てんちゃんは窓の外をみている。いや、もしかしたら窓そのものを。
「てんちゃんも、元気だった?」
「うん」
それでわたしはたちまちてんちゃんの時間に落ちてしまう。黒いコート、細い指、うすい耳たぶ。
会いたいのか会いたくないのかわからない、話したいのか話したくないのか、そもそも話すことがあるのかも、忘れながらつねに思っているようで、思い出したくないようで。
「よかった」
よかった、と思って、よかった、と言う。てんちゃんがうん、と言うので、うん、と思っていることがわかる。
10年はコーヒーの湯気に紛れてしまう。てんちゃんがふっとわたしをみて、「ひさしぶりだね」と言うので、10年ぶりに、「うん」と答える。
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