無題/伊藤 大樹
些細なことから、それまで喫んでいた煙草を消し、彼は帰路を辿った。
冬も近い秋の日である。彼の意識は殆ど寒風に向けられていた。所々解れたセータ一に身を包み乍ら、然し彼は一層溌剌として、凜たる街中を歩いていった。
宅に着くと、既に夕飯時となっていた。彼は咄嗟に空腹を思い出して足早に食卓に就いた。食べ終えると、彼は率先して兄弟たちのぶんまで皿洗いを済ませ、怪訝そうにしている兄弟たちを横目に、鞄から文庫本を取り出し読み始めた。
そんな彼の急激な変化を何より訝しんだのは兄弟たちであった。文庫本の文字列に向けられている彼の視線を、或いは窺き込んだり、或いは彼に根気よく話しかけたりしたが、その
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