無題/伊藤 大樹
その度に彼は顔をあげ、兄弟たちの表情を一瞥すると、忽ちもとの文字列へ視線を戻した。そんな有様に、兄弟たちは訝りながらも、次第に揶揄うのをやめた。
然し、黙っているのも時間の問題であった。彼は、余計な面倒を招かぬようにと思って、実はひと月前から仕事を始めたことを兄弟たちに明かしたのである。
長く、その懶惰から親の脛を齧ってきた彼は、ふた月前、内心忸怩たるを覚え、遂に苦労の末、辛辛、好条件の職を見つけたのである。
彼はまた、そのことをいつ兄弟たちに報告すべきか、洵に肝を摧いていたのであるが、反面、それを聊かも噫気にも出さず、ただ時の適うを待ち侘びていたのであった。
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