狂言/春日線香
 
手が火照って眠れない夜
庭に出ていくと
井戸端で太郎冠者がなにか思い悩む様子
わたしはここでは次郎冠者であるので
その気になって臨むのが定石である

やいやい、太郎冠者
なにやら思い悩む様子
ちとこの次郎冠者めに聞かせてはどうだ

おお、これに見えたは次郎冠者ではないか
それがし、先刻近親のものを亡くしたのだが
彼が行くべきところへ行けたものか
どうしてもわからず気を揉んでおるのだ
どうだおまえ、知らないだろうな

なんとなんと、そんなことか太郎冠者
おもしろく生きたものがおもしろきところへ行くは必然
つまらなく生きたものが褒美に
おもしろきところへ行くは理の当然ではないか
そんなこともわからないのか
線香の一本でも供えたらどうなのだ

太郎冠者はぽんと手を叩くと
一声もなく井戸に吸い込まれていく
水音くらいはないかと待っていたが
それもないので
手を夜風にさらして家に戻る

「やるまいぞ」の下りを忘れたなと思いつつ
布団に戻って寝た
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