ひきてゆかしむ/佐々宝砂
た、
それが杉の匂いだとは、
少女もあの日まで気づかなかった。
そのころ日本にはまだ愛という概念がなかったから、
少女は懐かしさという概念で自己の感情を認識した。
もうあの人はいないのだ、
ううん考えてみれば人ではなかったのだ、
杉の木だったのだ、
そう考えて少女は、
あの日以来はじめての涙をながした。
*
さてこの詩の作者は、少女の運命、そうなるしかないであろう少女の宿命をどのように描写したものか考えなくてはならないと思い類語辞典をひくのだが、考えがまるでまとまらない。連日の睡眠不足でぼけた視界に、ある顔がぬーぼーと浮かび上がる。むろんそれは草津でも治
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