メキシコ/天才詩人
 
年だった過去の自分に「パン」を食べるかどうかを 聞いてくれた、あの少女と似た容姿の人々にかこまれて歩いていた。そのなかの誰を知っているわけではなく、言葉を交わすこともない。たが、俺はそのとき、 自分の「原点」のすぐ間近におり、それまで決して出ることができなかった小さな家屋と、それを囲む電熱線の走る高い壁が、誰もいない午前の湿ったコンク リートのように、静けさにつつまれるのを感じていた。そして、その家屋の向こうには、このさき、テーブルをはさんで対面し、一緒に「パン」を食べるであろ うたくさんの人々や、俺が彼らに向けて発音するであろう単語の数々。そして俺の身体が相似形をなす、曇り空におおわれた路地や街角が、ガラス瓶の底の風景 のように見えている気がしていた。
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