【プレ批評対象作品】あほん『釣り人』 について/田代深子
 
とを語っているだけなのだ。
 ということを、断っておく。

 さて作品「釣り人」は、充分に詩的な題材であり、充分な叙情を醸して書かれている、ということができる。用いられる語は淡々としてけれんみがなく、そっけないようであるがよく選ばれ、よく考慮して配置されている。釣りすることと同様、表現する欲を抑制しながら書かれていると言ってよい。まだ水上にだけ視点があるのだ。それは休日に、光る波を眺めビールを飲む時間の描写であり、実体なく思い出されるだけの女を想起する時間である。
 魚はかからない。水面より下のことが何も思われていないのである。だから引き合う力もなく浮いていられるにすぎない。これはこれで詩となるにはいい瞬間なのだが、だが「欲がある」という一言を持つならば、欲が導いていくはずの黒く冷たい水面下に、せめて想念だけでも潜らせてみてほしいものだ。そしてそのあと見渡せば、晴れた光る海は、なおしんと静やかであろう。


2005.2.27

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