ちあらのはし/佐々宝砂
 
牛が不思議に騒ぐ夜があるの。
台風の夜でもないし地震の前触れでもない。
乳に血が混じったりもしない。
虫が多いわけでもない。
まあ牛舎なんてのはいつも虫だらけだけど。

夜なのにもぐもぐ反芻している牛たち、
眠りもしないでどこかを凝視している牛たち、
しかたないから御札持ってでかけるわけよ。
家の裏手の。
ちあらの橋へ。

血を洗う、と書いて、ちあらと読む。
誰が名付けたか知らない。
いつからそう呼ばれているか知らない。
なんてことない田舎の橋。
自動車一台がやっと通れるような欄干もない橋。
そんな橋のまんなかあたりにしゃがんで。
持ってきた御札を
背中越しにぽーんと投げる。

家に帰ると牛は静かになっている。
それだけの話。
私の家ではそんなことを数十年は続けてる。


蘭の会月例詩集より
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