刺繍糸のこと/はるな
 
紙、ナッツ・ケーキ、駅前でお酒を出すお店。5月。
なつかしい街を歩いた。スニーカー、結んだ髪、すこし前には想像もしなかったかたちの帽子。なつかしい道、なつかしい音、ぽつぽつと新しくなった店、でも敷き詰められたタイルの汚れまでなつかしい。まちの空気が、思い出の面影をうつして息苦しくなる。いつだったかわたしたちは同じように寝返りをうって、はだしだった。でもちがう正しさを求めていたので、同じようには踏みはずせなかった。(もうどこにもいないわたしたち)

むすめはベビーカーで静かに寝ている、わたしは知っている道を知らないところまで歩いて、刺繍糸を買った。いつでも一人ぼっちになれる嘘つきの才能、今年一番の暑さですというアナウンス。この世界が、いつまでたっても知っている世界にならない。


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