死にゆくベイルートの空に光はない/狸亭
夜
荒れ果てた病院の屋上に登り
からっぽの街を見下ろす
一本の蝋燭すら点らぬがらんとした暗闇が広がる
この街は死につつある
病院の各階の二百二十あるベッドは全て閉ざされ
腎臓透析室も実験室も血液保存室もカフェテリヤも
セメント屑やがらくたや塵埃と血の臭い
この病院は何度も無情の砲火を浴びた
一九八二年イスラエル軍に
一九八五年レバノン軍に
シドン生まれの四五歳
アマール・シャマー女史は語る
デリーのホテルの部屋で見つけた新聞記事の
小さな活字の伝えるベイルートの惨状に
僕の中のベイルートが甦る
蜜とミルクの流れる国 レバノン
ベイルートに暮らしたのは
一
[次のページ]
戻る 編 削 Point(5)