夕暮れ/レタス
 
厚揚げを肴に一杯やろうと思い
小銭入れを握りしめて
商店街へと向かった
近道をしようと団地の公園を横切ろうとしたところ
厚揚げに似た薄茶色のぽってりとした猫がニャァと誘うので
ぼくは猫のあとをついて行った
猫は時折後ろを振り向きぼくをうながした

猫はあまりにも厚揚げに似ていたので
軽く炙ってダイコンおろしを乗せて食べてしまいたいほどに
ぼくの舌を誘っていた
そのまま猫についてゆくと
散りかけた桜の樹の下のベンチに
おかっぱ頭の少女が人形の胸のあたりをさすり
意味の無い子守歌を歌っていた
厚揚げに似た猫は少女の友達らしい
その足元に絡みつき
少女は煮干しをひとつ猫に与え
また意味の無い子守歌を歌っていた

ぼくはダイコンを買わなければならないのを思い出し
小銭入れの中を確認すると
224円しかない
物価の相場を知らないぼくは髪の毛の隙間から汗を流し
ダイコンだけを買って
厚揚げに似た猫を炙ってしまおうと思った
厚揚げの猫は
美味しそうにニャァと鳴く

ぼくは戸惑いに震え
帰る路を忘れた



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