神棚のサドル/カンチェルスキス
ある夕刻に参拝する者が後を絶たなかった。駅前には、参拝客を当て込んだ饅頭屋、茶屋、芸者置き場、煙管屋、足湯屋などが建ち並び、大層にぎわった。老婆が天寿を全うしてからも、この楠とサドルは、通称『サドル神』と呼ばれ、地域住民の守り神として、長く親しまれ、近隣以外からも広く崇敬を集めることとなった…。
「新手のロデオマシーンなのか?」
とも私は考えた。でも、そのためにはカウボーイの格好をしてなきゃふさわしくない。あいにくそのときの私の服装は、ユニクロづくめだった。しなる投げ縄も持ち合わせていない。そもそも湿っぽさが抜けぬジャパンに暮らす。今度にしよう。私はなまぬるい風に頬をさらし、走り出す。自転車のサドルは、私の重みを受け止めている。これがなかったら、自転車はちょっと乗ってられない代物となる。大丈夫だ。私は魔がさす前に四つ辻を突っ切る。高架を上っていたら、今頃、はーはーぜいぜい、いってただろう。抜け道、あるいは近道、そのいずれでもなく、ただたんに新しいことを知ることの意義深さを?み締めていると、どっかの民家の風呂場から、耳鳴りするほどのおっさんのくしゃみが二発、炸裂した。
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