武士の3分/カンチェルスキス
 
で、私の手は汚れぬ。心も痛まぬ。
 私はハンドルを握り締め、ペダルを踏み込んだ。雑念を振り払い、前進あるのみである。武士道とは、まっすぐ行くことだ。電車道のことだ。この世で曲がっていいのは、バナナとスプーンだけである。私の気魄に気づいた下々乙、つまり母親は動揺した。恐らく、その先祖は武士に斬られたに違いない。同じ運命を辿るのか。顔には恐怖感漂う。なまぬるい風は、もうすぐ、真っ二つに裂かれる。
 ところがである。下々丙、つまり女の子は相変わらず、自転車に夢中である。と言うか、自分に夢中なのである。何が楽しいのか、くねくね走らせている。抜き身の私にも全然気づかない。見てくれは童だが、実は妖術使いの仙人かもしれない。私は一瞬、怯んだ。不意に、私の武士道が、あってはならない路線変更をした。ガードレールの切れ間を見つけ、車道にハンドルを切ったのである。
 すれ違いざま、母親は私に一礼した。私も頷いた。言葉交わさぬとも、なぜ母親が礼をくれたのか、私にも完璧に理解できたのである。わけもなく心打たれ、私は刀を捨てた。僅か三分の間に、平民に戻ったのである。



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