漂白のとき/石田とわ
 


     夕餉が終わると皿を洗い
     油や醤油で汚れた台所を
     布巾でぬぐう
     鍋も皿ももとの位置に戻し
     静けさと落ち着きを取り戻す
     風呂を沸かしなおしながら
     洗面台で布巾を漂白する
     目の前の鏡には裸の姿で
     蛇口をいっぱいに捻り
     布巾を沈める女が写る
     漂白剤のつんとした匂いが
     忘れていた何かを思いおこさせ
     両の乳房を鷲掴みにする
     痛みを憶え急ぎ湯船につかる
     あたたかな安堵のなかで
     ざぶざぶと顔を洗い
     手桶で勢いよく頭から湯をかぶり
     押し寄せる思いを洗い流す
     今日も昨日もすべてを洗い流す
     清清しく風呂からあがり
     油や醤油がうっすら染みに残る
     くたびれた布巾を
     かたくかたく絞り干す
     漂白剤がもたらす甘美な幻惑を
     抱きしめ愛撫しながら
         





         
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