追憶/ヒヤシンス
 

 ワタシハココニイルヨ。
 
 明け方にピアノの純音は吐息を白く染める。
 真冬のキャンバスに描かれた森の中で、
 幼い少女が光の帯に包まれている。
 誰かに見つけてほしいのだ。

 ワタシハココニイルヨ。

 ピアノの清らかな響きが心の琴線に触れる。
 白紙の原稿用紙に透明な文字を追うと、
 懐かしい物語が今新たに生まれる。
 誰かに気付いてほしいのだ。

 ワタシガミエルノ?

 母親に手をひかれた幼い少女が雨に打たれている。
 車のフロントガラス越しに浮かぶその光景に心が痛む。
 今でも時々夢に見る、追憶の日。
 去っていった私の子供。

 ワタシノコトスキ?

 忘れるものか。
 愛してる。
 愛してる。
 愛してる。

 サヨウナラ。

 さようなら。二人で行った数々の場所よ。
 お寺の境内。パンジーの咲く庭。海辺の町よ。
 
 明け方のピアノが呼び覚ました記憶。
 美しく愛しき日々よ。さようなら。
 
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