2016SS/たちばな まこと
 
海に行きたい
夏の海に

あなたとの強い想い出の大抵は冬で
冴え渡る多摩の空の下から富士を望んだり
電車に揺られ詩的なものを探しに出たり
さよならを言えずに雑踏で握手を交わしたり
冷めない日焼けをなぞったのも
チェロを抱えて降り立つあなたを迎えたのも
冬で
針の刺さった生成りの布を鞄に忍ばせ渋谷のカフェで
長いメールを打つ冬の日々が
公開された日記に綴られている

風邪をこじらせたあなたを置いて
足早に家を出る
冬模様のタンブラーから紅茶を啜る
香る、桃、時計草の実、蜂蜜、湯気にのり、下りホームへと
密やかに火傷を負う
いつも会う無口な人々の背中を見ながら

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