約束事。/梓ゆい
早朝の畳部屋。
障子の引き戸を開けながら
眠る父に声をかける。
「お父さん。今日は寒いね。」
顔を洗い家中を動き回る母。
これからやってくる客人を迎えるため
悲しいそぶりを見せようとはしない。
「絶対に泣かないようにしようね。たくさん人が来るから。お父さんを送り出してから、
みんなで泣こうね。」
起きてすぐ
父を囲んで話し合った姉妹は言いつけを守り
口の片方を引きつらせて
玄関先で正座をする。
(どこか変わりつつあるようにも見えるが、特に変化も無く表面上は正気を保とうと
声を張り上げた。)
本当は泣き叫びたいのを誰もが知っている。
人を出迎えるための作り物とは理解しつつ
客人は要らぬ事に触れぬよう「お邪魔します。」と靴を脱ぐ。
「とても良いお顔をしていますね。」
昔なじみの兄ちゃんが
父の顔を覗き込み
「おじさん。おじさん。」と
大きな身体を震わせた。
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